髪を切るタイミングを逃し続けているりんろんた。天パも相まって昭和の学生運動時代を感じさせる髪型になってきた。しかし流行は繰り返すと言うではないか。パーマだって現代風とはいえメジャーな髪型として流行に戻ってきたわけだ。だから、これでいいのである。いつか流行るのだ。きっとそうだ。
眉毛だってきっとそうだ。細眉の時代は終わりつつあるのだ。近い将来またバブルの時みたいに今の感覚で言えば野暮ったい太眉がきっと流行りだすだろう。その時代、男の細眉は女々しいって言われてた。だから太眉が流行ればそうなるに違いない。きっとそうだ。だからこれでいいのだ。
なにかこだわりがあって髪を伸ばしたり眉毛を剃らなかったりしているわけではない。ただ、りんろんたはそういう流行に振り回されるのが虚しいと感じて、あるがままでいようと思ったのであった。
正直言うと面倒なだけなのであった。どうでもええねんな。
そういうわけで、今日はツイッターを離れて感じたことと、それとは関係のない雑記などを書いておく。
ツイッターから離れて感じた色々なこと
まず最初に思ったのが、意外にも寂しくなかったということ。
今までは、あるツイートに対してフォロワーからなんらかの反応あったりして、ちょっと嬉しくなったりしたものだったんやけど、それがなくなれば寂しいだろうな、と最初は思っとった。その反応が欲しくてツイッターやってたっていうフシがあって、ようするに構ってちゃんやったわけです僕は。
しかし、ツイッターを離れて、反応欲しくてやってたっていうことに改めて気づいたし、それで反応がなかった時の寂しさというのか、そういう悲しさもなくなって、なんというかプラマイゼロになれた気がする。
寂しさがないっていうのは、反応に杞憂することがなくなって気が楽やって言ってしまえばそれでおしまいなんやけども。そういうことです。
中学時代のモバゲーにはじまって高校時代のmixiを経てツイッターに移っては構ってちゃんを繰り返し、常に「おもんないねん」と同級生・先輩がたに呆れられていたのが断ち切られた。この癖はまた復活するかも知れんけども、ひとまずこれを人間的な成長なんやと、希望的観測としてポジティブに考えることにした。いいことじゃないんかな。
うーん。自虐ネタみたいになってしもた。
そんで、構ってちゃんやのにも関わらず、「ウザかったら読まんかったらええやん反応せんでもええし」みたいに今までツイッターやってたんやけど、そういう捻くれたスタンスが、今ようやく解消されたんやと思う。批評めいた分割ツイートによる長文や、アニメの実況など、今まで読みたくもないツイートを読ませてTLを汚してしまっていた人たちには、今になってほんとに反省しているってことをここに密かに書いておく。その僕のウザさにも関わらずフォローを解除しなかった人たちには感謝してる。それに付け加えて、品のないツイートでフォローしてくれてる人たちの顰蹙を買うというか、ヒかせてしまっていたのは自分自身猛省するとこでもある。このブログでは一切そういう面を見せないだろうと思う。そう決めた。
しかし、ツイッターをやめたことで他の人のツイートも読むこともなくなったっていう寂しさは別にある。TLを眺めるっていうことはツイッターやってたのにも関わらずあんまりして来なかったけども、時々、友人・先輩がたの間の会話を偶然見てそれに何気なく参加出来るっていう面白さはあったな。あれは良かった。
もちろん自分から反応することもあったけど、なんというか、反省することばっかりじゃなかったけどろくでもない反応ばっかしてたりして、それは申し訳なかったなあとちょっとだけ思ってる。
あとは無責任なことを書かなくなったっていうのが、ブログへ移行した一番の成功かなって思ってる。ブログに移行した理由の一つでもあるんやけど、それが十分に達成されているので満足してる。
これは先ほど述べたことともかぶってくるところが大きいねんけど。
1万ツイートに達してからツイッターを辞めたわけなんやけど、ほんまのツイート数といえば、それよりも5千は超えてると思う。ツイートを書いては消して書いては消してを繰り返ししてたので。というのは、 読む人にとっては気分を害したり、自分の他人からの評価を下げてしまったりするようなツイートを後から消す、という事をしてたという事情が一番大きい。他にも、間違ったことを書いてたりしたら消すってのもあったんだけど、概して、こういうのが、今僕がここで言うところの、僕にとって反省すべき無責任なことなんですよ。
ツイッターは、そういう無責任なことを、何の気なしに書いてしまえるっていうのが怖いとこなんですな。だから、人を傷つけたり、買いたくもないヒンシュクを買ったり、他の人のTLのことも考えずに迷惑かけるってことも簡単に出来てしまう。ツイートは後から消せるけど、消すまでに、そのツイートを見てほしくない人がそれを見てしまえば、それは取り返しがつかないことなんですな。そういうところが危険なんだな。
ただ、ツイッターが悪いっていうことを僕は言いたいわけではないんだな。ツイッターの利点っていうのは、いまさら僕が言うのも白々しいかも知れんけど、そういう危険性を差し置いても余りあるメリットがある優秀なコミュニケーションツールでもあるし、僕だってそれから離れてしまったことに、正直いって後悔する部分は大きい。
僕にとってツイッターの何が都合が悪かったかって敢えて言ってしまえば、ツイッターをやってた頃常々掲げていた「公然陳列メモ帳」っていうキャッチフレーズに沿う形で僕が他人の目を気にすることなく文章を書いていたかといえば、それが実のところ全く違ってきていたってことなんだな。
他の人はちゃんとマナーをわきまえて使えているのに対して、僕はあまりそういうマナーを守れずに、というかそもそも、敢えて守らずにツイッターを使っていたフシもある。それに対する罪悪感がだんだん大きくなってきたっていうのも、僕がツイッターを辞めた理由の一つ。罪悪感というのは、これまで述べたような、構ってちゃんで迷惑をかけたっていう点と、品のないツイートと、TL汚しやらの色々な反省のことですな。
僕は2008年の11月頃からツイッターをrinrontaとは違うアカウントで始めて、その頃からツイッターはこういう使い方をするもんだろっていう先入観だった。しばらくツイッターやってるうちに、他人のツイッターの使い方が僕のそれとは全く違ってるのに気付きはじめたんだけど、それでも僕は使い方を変えることはなかった。
しかし、色々と自分のツイートを日々見返すうちに、僕の使い方っていうのはツイッターでやる必要があったかと言えば必ずしもそうとは言えないってのもわかった。それに、「公然陳列メモ帳」っていう目標のようなものを、ちゃんとした形で実現させたかった。それがこのブログというわけなんだけども。
だからそういうわけで、1万ツイート超えたらrinrontaの方のアカウントでツイートするのをやめて、ブログを書こうと思ったわけですよ。自分のツイッターの使い方って間違ってたんだなって今になって思う。本当のところ、反省すべき点よりもそれが一番大きいかな。
以降、こういう重苦しい話はしたくないな。もっと面白い記事を書きたいんだ僕は。
雑記
・食材を使い切れるかどうかという話
今日でやっと作り置きの鶏酢豚(豚じゃなくて鶏肉使うやつ)と麻婆牡蠣を消費できたので、明日からまた料理作るよ。こんなかんじで2,3日くらいのサイクルで料理作るんよ。
今度はパスタかな。トマトソースとかミートソースのパスタは二週間くらい(たぶん)冷凍保存出来るから便利だよ。一日で食べないといけないやつはあまり作らないよ。たとえばボンゴレとかカルボナーラとかね。
カルボナーラは生クリームの使い勝手が悪すぎるのでなんとかならんかなあアレ。保存があんまし効かんのよ。50mlくらいに小分けしてあるレトルトっぽい生クリームあればいいのにな。それやったらレトルトのカルボナーラ買えっちゅう話ですけどな。ビーフストロガノフとか作ったら生クリーム使えるよな。 オサレ!
一人暮らしで困るんは、一回で使い切れん食材買ったらそれをちゃんと使いきれるようにそのあとの献立を考えていかんというところ。それが出来ない人間は、冷蔵庫の中が荒れまくるんだよ。安いからって一人じゃ消費しきれないほどの徳用品みたいなのとかは絶対買ったらダメだ。使い切るのに苦労する。
例えば、 徳用品じゃないけど、キャベツな。一玉よりも半玉の方がなぜか値段÷量が高くなるんやけど、キャベツ一玉を使い切るのは結構難しいんよ。一日じゃ食い切れないから当然二日目に持ち込むことになる。そしたら、当然次の日の献立まで考えることになるから大変な話。
僕はその日食べたいもののために食材を買うような人間だから、次の日のことまで考えて買うっていうのはあまり出来てないんだ。僕はレパートリーが貧弱で中華料理とパスタと他はカレーとかハンバーグとかわりかし有名な料理しか作れないから、回鍋肉以外でキャベツを使うメニューといえばロールキャベツしか思いつかんのよね。野菜炒めでもいいんだけど回鍋肉と被るし。そもそも回鍋肉は作り置きするから次の日も食うし。
キャベツ使う中華料理が他にあれば回鍋肉と一緒にロールキャベツ食うみたいなことせんでもいいからいいんだけどな。なんかあるっけ。炒める奴以外で。スープでも作ったらええんかなあ。
そういうわけで、僕はキャベツは半玉しか買わない。一玉だと180円だとしたら、半玉が98円とかなんよ。今更その98×2-180=16円ぽっちの差なんて今更気にすることないよな……。
偉そうに色々言ったけど、一人暮らし3年やってんのに未だに食材使い切るのに苦労してるんよ。だいぶ料理の手際は良くなったけどな!人参なんか10秒で剥けるし玉ねぎなんか5秒あったらツルッツルにできるからな!
・量子論の話の続きについての話
量子論の話の続きを書いてるんだよ。正直、前回のはたぶん量子論を知らん人にとっては物凄いつまらん話やったと思う。何でこんな文章を書いているのかって、量子論を誰かに言葉で説明しようとしたときに、自分がその面白さを口だけで表現するっていうのが難しいって感じたから、いったんこれを文章にしてみようって思ったからなんよね。大抵他の話なら出来るんだけど、量子論とかいうことになると難しすぎて、知識だけならあるんだけど、それを瞬時に簡潔な言葉として口に出来ないんだな。他にもカンブリア進化の話とか色々あるんで、そういう話もまとめたいとこ。
別にまとめた結果をブログとして公開する意味はないんやけど、そうそう話す機会もないやろし、少しでも他人の目に触れたらいいなあっていう気持ちがあるんだよ僕には。
そういうわけで、今度は僕が一番おもしろいと思ってる、量子コンピュータの原理について話をしたいと思ってるよ。まとめるのに時間がかかってて、いつになるかわからんけども。

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